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2013

2013年度ALLOTMENTトラベルアワード受賞者は、山内光枝さん

2013年度ALLOTMENTトラベルアワードは、全国54名の作家の方々からご応募いただき、審査員の丸山直文氏、住友文彦氏による厳正な審査の結果、山内光枝さんに受賞が決定いたしました。

山内光枝さんは福岡県在住。 2006年ロンドンのゴールドスミスカレッジのBAを卒業。今回トラベルアワード受賞金を元に韓国の済州島を訪れ、既にリサーチを続けてきた女性による素潜り漁(海女) の原郷で実際に海女学校通い、より切迫した関係のもと新たな作品制作の糸口を探ってみるという。応募の文章の中に、”海は人間に”生き物”としての緊張感 を与える ”という言葉があった。山内さんがこれから経験することが、どんな作品となるのかとても楽しみである。

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ALLOTMENTトラベルアワード2013:受賞者:山内光枝 / 福岡県

略歴

1982年 福岡県生まれ。2006ゴールドスミスカレッジ/ ロンドン大学 BA ファインアート卒業、2009 International Artists Village Camp、SAR-village、ジョードプル (インド )、2010 BankART Studio 横浜など他レジデンスに参加。

主な展覧会

2013 個展「嗚呼−海の女と水脈をめぐる旅」konya-gallery (福岡)
2012 「NET-CO」WATAGATA Arts Festival 2012、(釜山)
2012 「GARDEN 写真→映像」名ヶ山アジア写真映像館 / 越後妻有 (新潟)
2012 個展「ワタのもり」ギャラリーとわーる (福岡)
2012 個展「ムルテ」mujikobo(横浜)
2012 「VOCA 2012」上野の森美術館 (東京)
2011 「The London Art Book Fair」White Chapel Art Gallery (ロンドン)
2011 「Communicus」福岡アジア美術館 (福岡 )

URL:http://terueyamauchi.blogspot.co.uk/

WORKS

左上:嗚呼 / First Cry、3-チャンネル ビデオインスタレーション、2012-2013
右上:潮汐 / Murute、2-チャンネルビデオインスタレーション、2011
左下:ワタのもり – ごつごつとしたたくさんのものたち、塩(塩竈の藻塩)、海水(塩竈湾)、ケント紙、漁り火電球、950×190 cm
右下:Murute @ mujikobo「未明」、水転写用紙、アワビ貝殻、漁業用ロ−プ
© 山内光枝


総評 – 住友文彦 (すみとも ふみひこ) / キュレーター

2013年度ALLOTMENTトラベルアワードは、全国54名の作家の方々からご応募いただき、審査員の丸山直文氏、住友文彦氏による厳正な審査の結果、山内光枝さんに受賞が決定いたしました。

©村上郁 

©水木塁

昨年は、アーティストの制作支援について考える貴重な機会に Allotmentの活動を通して参加させてもらった。ロンドンで多くのアーティストにスタジオを安価に提供する仕組みを作り上げ、経済的に持続させていくことにも成功しているACMEという団体の活動を、Allotmentの主宰者である近藤正勝さんが日本に呼んだためである。錚々たる著名アーティストたちもそこで若い頃はお世話になったらしく、大学を出た後、アーティストして生活できるようになるまでの作品制作活動を続けるのが一番難しい時期にアートシーンの中心地で、かつ地価の高い街で、なんとか生活していける環境を提供してくれる機関があるのはとても魅力である。

日本にも同じように多くのアーティストを志す若者がたくさんいるが、地価は高く、経済的な勢力に押されて、まだアーティストのスタジオ提供に対して充実した支援がないと言ってよいだろう。それでも同じような関心を持ち、活動をしているアート関係者に声をかけて集まってもらうイベントを行い、まずそれぞれ の活動について情報交換をして、さらにACMEの代表者であるジョナサン・ハーヴェイが実践してきたことを話してもらった。このイベントの聴衆が驚くほど 多かったことと、同じような問題意識を持っている人たちの熱意がとても印象に残っている。

Caption

© 鈴木悠哉

このアワードも、同じように大学を終えて本格的なアーティストとしての活動を継続させるための後押しをするという点では共通する目的がある。だから、作品の評価だけでなく、応募者が現在置かれている制作環境やこれまでのキャリアなどを考慮する点に独自性があり、自分自身がアーティストでもある主宰者の思いが伝わるものになっている。これは、なかなか出来そうでできない、とても志が高く、かつ優しい思いに支えられたアワードだと思う。

そんなことを審査のはじめに改めて確認したうえで、今回初めての審査の席に着いた。友人の家にでも居るようなリラックスした雰囲気でありながら、そうした思いを引き受けるために背筋を伸ばして応募ファイルの情報に視線をはしらせなければならなかった。

©村上郁 

©村上郁

全体的に、作品制作のための渡航や、アートの世界をもっとよく知りたいという気持ちが動機になっていることが多く、知っている名前も知らない名前もあるが応募者の作品はレベルが高い。そのなかで、このアワードが支援することにもっとも意義があるのは誰だろうか。このことを考えるために審査員同士が、いまの日本の若手の制作環境について話し合い、認識を深めることにもなり、応募者の活動から学ぶものも多かった。

渡航先としては、ニューヨークやロンドンよりも、アジア各国やベルリンを希望する人が多かったのも印象に残る。そのなかで、作品制作のためにベルリンのクラブシーンに触れることを希望した水木塁さんは、選考の有力候補に残った一人である。「残像」というイメージについて考えるうえで重要なテーマにこだわって作品をこれまで発表してきたようだが、それを展開させるうえで、クラブシーンに着目する独創性が眼を惹いた。

また、鈴木悠哉さんは現在ベルリンに住んでいるアーティストだが、東欧や中東のあまり知られていない地域に足を運び、ワークショップなどを実施する計画が魅力的だった。シンプルで抽象化された線による作品もとても興味深く、しかもその制作行為を異文化同士の対話の現場に置いてみようという試みには大きな可能性を感じた。

©川田淳

©川田淳

作品制作の目的として、戦争などの社会問題を意識するアーティストの作品が多かったようにも感じた。それも若い世代、あるいは個人としての捉え方を模索しているような点にはとても好印象をおぼえた。村上郁さんもそんな一人であり、かつての日本軍が侵略したシンガポールに行く計画だった。過去の出来事であっても様々な資料や情報が手に入る時代だが、それらと自分がどう接するのかは大きな課題として残る。村上さんの案には、時間と地理の距離をあくまでも手探り のようにして、想像力を使って埋めようとしているような印象を持った。

川田淳さんが提出したのは沖縄が置かれた地政学的な問題を作品のテーマにした計画だった。今も国内外の政治問題として大きく報道されているが、それだけでなくあくまでも自分なりの立場から真摯に考えている姿勢が伝わってきたため、有力な候補に残っていた。

©松本美枝子 

©松本美枝子

ほかには、もっと個人的な体験をもとに渡航を希望することも作品制作の重要な動機づけになるだろう。松本美枝子さんは家族写真などのように一見凡庸に見える写真の作品を発表してきているが、以前に旅行したキューバで出会った人から一冊の本をもらい、その人に再度会いに行くという計画だった。個人的な交流のなかに表現するための小さなきっかけが潜んでいるような期待をさせる計画だったと思う。

最終的には、福岡県在住の山内光枝さんに受賞を決めた。海女さんの写真を撮影しに済州島に行く計画だが、彼女はこれまでも美しい海女さんの写真を撮影してきているようだ。フィールドワーク的に撮影対象に接近することで、心理的な近さを感じるだけでなく、光や構図など撮影対象に備わる独特な美しさを抽出するような作品が期待できる。それだけでなく、これまでの仕事と今後の活動についてもしっかりと考えられていると感じさせ、ぜひ今後の制作の後押しをしたいと 思わせる申請内容だった。

©山内光枝  

©山内光枝

最後に、次の世代のアーティストを後押しするこのAllotmentの活動は近藤さんを慕う多くの知人によって支えられている。このアワードの広報や応 募受付、審査に至るまでにかかわった多くの協力者に心から感謝します。その陰なる努力がなければ、今年もまた一人のアーティストが旅立つことはできなかったと思います。そして、アーティストとしての活動の傍らで、故人の思いをこうした形にして素晴らしい意義のある事業にしている近藤さんにも敬意を表しま す。貴重な機会をいただき、ありがとうございました。


総評 – 丸山直文(まるやま なおふみ) / 美術家

© Tomoko Atsuchi Courtesy of taimatz

© Tomoko Atsuchi Courtesy of taimatz

近年日本にも大小のアートアワードが出来て、若いアーティストをサポートしようという機運は僕が学生だった頃に比べて数段高まっているような気がする。アロットメント・トラベル・アワードは2005年ロンドンで夢半ばにして倒れた若い美術作家、與語直子の友人達によって開設されたプロジェクトだ。アワードだから優秀な作品が受賞するのは当然だけれど、アロットメントは作品が良ければそれでいいというわけではなく、いろいろな問題を抱えながらも日々制作している作家達が、この制作旅行を通してもう一歩前に進もうとしている意志や熱意に対してサポートするアワードなのだ。そんな話を改めて審査に入る前に主催者である近藤さんから伺った。だから審査は作品の質の高さだけではなく、旅の目的やその作家が置かれている状況や関心事など、文章から読み解く作業と作品とを照らし合わせ精査しながら進められた。それは時間の掛かる作業ではあったが、普段ではあまり知る事の無い作家の思考のあり方が垣間みられ、勉強にもなった。そんな中で目に留まったのが画家の厚地朋子さんであった。“幼い頃見た国道沿いのダビデ像の本物に会いにイタリアへ行きたい”突然なんの脈略も無く国道沿いに立っていたダビデ像。文脈も背景も無視されたモノや風景に興味を引かれると言う彼女は、西洋でも東洋でもない絵を描きたいとイタリア行きを希望していた。

©石井友人 

©石井友人

また同じく画家で、モダニズムを独自の解釈で継承し凌駕しようとしている石井友人さんが、マルセイユを渡航先に選んだ理由には興味を引かれた。フランス社会に見る階層社会、ポストコロニアルな場所としてマルセイユを選び、現代社会の問題を自らの制作の問題と絡め考えようとする姿勢は、安易にモダニズムと社会問題を分けて評価しようとする旧体然とした多くの批評から作家が一歩先へ進んでいる事を伺わせるものであった。また石井さんは現在アーティスト・イン・レジデンスでパリに滞在しており滞在先からの応募であった。日本とは異なる環境だからこそ見えて来たさまざまな社会問題と美術との関係を、真摯に受け止めようとしているようであった。

©白木麻子

©白木麻子

また同じ様にアーティスト・イン・レジデンスでベルリンのベタニエンに滞在している白木麻子さんはベルリンの地で作品を発表しょうとしている。彼女の立体作品は単に視覚的なものではなく、作品と対峙する事によって身体の記憶や運動感覚が呼び起こされ、体全体を使って鑑賞するようで興味深かった。そして今年度も応募人数が一番多かった写真やDVDなどの映像作品で印象に残ったのは、山内光枝さん、渡辺泰子さん、川田淳さん、柳井信乃さん、であった。

柳井信乃さんは明快なコンセプトと質の高い映像作品で近年高い評価を得ている作家である。彼女は沖縄の祭儀などの伝統文化や基地問題など、沖縄の異なる姿を視野に入れながら国家の中での沖縄、その矛盾や対立を浮かび上がらせようとしていた。

©柳井信乃

©柳井信乃

また、同じく沖縄を希望していた川田淳さんは既に沖縄をリサーチしており、現代の沖縄が抱える問題をリアルに体感している印象を受けた。川田さんの作品は政治的な問題を含みながらも、露骨にそれらを露にせず小さな波紋を重ね広げて行く様な構造をもっており、その淡々とした仕事には説得力があって、有力候補として最後まで名前が上がっていた。

©川田淳

©川田淳

そして政治的な関心時とは真逆のように思える、「兵庫県立大学西はりま天文台」でSETI(地球外知的生命体探査)を研究している鳴沢真也氏の元での観測と制作を希望した渡辺泰子さんは、映像だけではなく多様な表現を用いて作品を制作している作家であるが、どの作品もレベルの高いものであった。 彼女は“日々の中で当たり前の様に捉え認識しているモノの時空を見つめなおすこと”をこのプロジェクトの主眼にしている。私たちは様々な局面で妄信的に事をすませている。そのような日常に、全く異なるスケールや角度で思考する事を彼女は提案しようとしている。

©Yasuko Watanabe Courtesy of GALLERY SIDE 

©Yasuko Watanabe Courtesy of GALLERY SIDE

そして多くの優秀な作家の中で、議論の末に受賞が決定したのが山内光枝さんであった。彼女は海女漁をしている人達に惹かれ、その原郷である韓国の済州島への旅を希望していた。海女は海に潜って仕事をする。水面を境に地上と海底を行き来する海女は、行政や国が決めた国境や境界に塗りつぶされない“身体の意思”があると彼女は書いている。地上で決められたルールではなく、ゆるやかでなめらかなルールが海底の中では存在するのかもしれない。山内さんがフィールドワークを通し、その姿を僕たちに垣間見せる事が出来たら素晴らしいのではないだろうか。

©山内光枝

©山内光枝

僕はアロットメントの審査をさせて頂いて、今回で約束の2回目となり審査の仕事は卒業させて頂く事となった。2年間の審査を通して多くの作家の仕事を観させて頂いたが、皆それぞれ真剣に社会の事、美術の事を考えていた。特に今回は政治的な問題に対してスタンスは異なるが多くの作家が様々な思考を巡らせていたように思う。社会情勢や経済情勢とは一見関係ないかに見える美術(芸術)は、距離が離れているからこそ、その影が作品に色濃く映り込むとも言える。多くの作家が自覚的に自身の作品の観られ方、解釈のされ方を意識しているように思えた。美術というジャンルはアメーバーのように姿・形を変え、時代によって様々な顔を見せる。彼らの時代にはどんな顔をみせるのか、そんな事を考えさせられた2年間であった。


2013 Traval Award データ

ALLOTMENTトラベルアワード2013データ
応募総数:計54名


2013 Travel Award 審査員

ALLOTMENTトラベルアワードの審査員は、原則2名で行います。また、任期を2年とし、1年ごとに新しい審査員が関わる形とします。また、審査員は、次の審査員を推薦した後、任期を終えることとなります。ALLOTMENTトラベルアワードは、応募していただくアーティストに対して、多様な評価を与えられるようなシステムを継続的に運営していきます。3年目の2013年度は、下記のお二方が審査員でした。

住友文彦(すみとも ふみひこ)

キュレーター、
あいちトリエンナーレ2013キュレーター
sumitomo

1971年生まれ。別府国際芸術祭「混浴温泉世界2012」キュレーター、あいちトリエンナーレ2013のキュレーター、前橋市の新しい美術館開設準備室学芸員のほか、『From the Postwar to the Postmodern, Art in Japan 1945-1989: Primary Documents』(Museum of Modern Art NewYork、2012年11月刊行予定)の共同編集、東京大学等で非常勤講師をつとめる。ICC/NTTインターコミュニケーションセンター、東京都現代美術館などに勤務。おもな共著に『身体の贈与』(「表象のディスクール6創造」、東京大学出版会、2000年)、『キュレーターになる!』(フィルムアート社、2009年)がある

http://artsmaebashi.jp

丸山直文(まるやま なおふみ)

美術家
maruyama

1964年、新潟県生まれ。1990年、Bゼミスクーリングシステム修了。1996-97年文化庁芸術家在外研究員としてベルリンに滞在。1998-99年ポーラ美術振興財団研修生としてベルリンに滞在。東京都在住。主要展覧会:2002年「2002台北ビエンナーレ:世界劇場」(台北市立美術館)台湾。/2003年,「ハピネス:アートにみる幸福の鍵」(森美術館)東京。/2005年「Le invasioni barbaiche」(Galleria Continua)イタリア。/2005年「朝と夜の間」(シュウゴアーツ)東京。/2008年「丸山直文展—後ろの正面」(目黒区美術館)東京。/2009年「椿会2009 Trans-Figurative」(資生堂ギャラリー)東京など。受賞歴:2009年芸術選奨文化科学大臣新人賞

http://shugoarts.com/artists/naofumi-maruyama


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