Travel
Award
2023

2023年度ALLOTMENTトラベルアワード受賞者は、糟谷恭子さん

2023年度ALLOTMENTトラベルアワードは、国内外から95名の作家の方々からご応募いただき、審査員の長谷川新氏、金澤韻氏による厳正な審査の結果、糟谷恭子さんに受賞が決定いたしました。

糟谷恭子さん (1980年生,埼玉県出身)は、フランス・パリを拠点に活動する映像作家。2013年にフランス公立モンペリエ高等美術学校造形美術修士課程を卒業。フランスと日本を行きしながら、社会学的また歴史学的な主題を扱う映像や写真作品を通して既存の見解に疑問を投げかけ、物事の見方を変えながら、我々がこれまで経験してきた事柄に対して、国籍やバックグラウンドを超えた普遍的な見解を示し、より多くの人々と共有しようすることで、自身の日本人としてのアイデンティティを見つめ直そうとしています。

今回の渡航先はサウジアラビア・ジッダで、新しい表現方法を模索しながら、文化や民族を超えたユニバーサルなアプローチを追求したいという内容でした。

The Allotment Travel Award winner 2023 is Kyoko KASUYA. She was selected from the 95 Travel Award applicants we received this year. The judgment committee was held on the 15th April in Tokyo and the panel of judges were Arata HASEGAWA and Kodama KANAZAWA. Kyoko KASUYA (B.1980) is a Japanese visual artist and filmmaker based in Paris, France. She studied Fine Arts at l’École Supérieure des Beaux-Arts Montpellier (Mo.co.) in Montpellier, France. She is trying to reconsider her Japanese identity. Through the works of film and photography with sociological and historical subjects, lead to the questioning of our existing views, to change our perspective, and exceed their nationality and background for what we have experienced so far.
Exhibition: 2014 Solo exhibition〈Stalker〉Université Paris 8 Gallery, Saint-Denis, France, 2017 Solo exhibition 〈La Zone La Conciergerie〉Art contemporain La Motte-Servolex (Chambéry, France), 2020 Mosaic World Film Festival Narrative Short Film Showcase #2 official selection 2020 (Rock Ford, USA) etc.

Kyoko KASUYA intends to utilize The Travel Award by visiting Jeddah, Saudi Arabia. Where she wants to explore new ways of expression and pursue a universal approach that transcends cultures

2023年度ALLOTMENTトラベルアワード:受賞者: 糟谷恭子/フランス

主な展覧会

2023「オープンスタジオ/ Journée Pro」 Rotolux at POUSH (オーベルビリエ・フランス)
2022「The Crown Letter」 KG+ KYOTOGRAPHIE アンスティチュ・フランセ 京都・関西 (京都)
    「Maps」 Cité Internationale des Arts (パリ、フランス)
2021「The Crown Letter」 Fondation Fiminco & PhotoDays (ロマンヴィル、フランス)       
    「The Crown Letter」 BIENALSUR, Centro Cultural Córdoba (コルドバ、アルゼンチン) & Museo de Arte Precolombino e Indígena (モンテビデオ・ウルグアイ)   
    「The Crown Letter」 Hyper festival – Square de la Tour Saint-Jacques & Jardin Villemin(パリ、フランス)  
2017 個展 「La Zone」La Conciergerie Art contemporain La Motte-Servolex (シャンベリー・フランス)
2016「VISION – Recherche en art et en design」 Palais de Tokyo (パリ、フランス)
2015「Humaines, trop humaines」Galerie Annie Gabrielli (モンペリエ、フランス)
2014 個展「Stalker」パリ第8大学ギャラリー (サン ドニ・フランス)

URL:https://www.kyokokasuya.net/
Instagram:https://www.instagram.com/kyoko.kasuya/

WORKS

1| スクリーニング「Listen to the Voices of the Sea きけ わだつみのこえ」Wiels Art Book Fair SPECIAL EVENTS WIELS コンテンポラリーアートセンター ブリュッセル・ベルギー/2019
2|「Silence Bleu 沈黙の海」14’03” 映像 /2022
3| 個展 「Stalker」Galerie de l’Université Paris VIII Vincennes /パリ第8大学ギャラリー/サン・ドニ・フランス/2014
4|「Journal du confinement/ロックダウンダイアリー」52日間の記録2020年3月~5月/写真文章の投稿 インスタグラムでの発信
5|「The Crown Letter 」毎週行われるZOOMでのクラウンサロン/2022
© 糟谷恭子


総評 – 長谷川新 (はせがわあらた) / キュレーター

©Allotment

©Allotment


95通りの「旅」のプランに目をとおすことはなかなかない。このような機会をいただけたことに深く感謝を申し上げる。「トラベルアワード」は、公的機関によらない有志による、半ば個人的な強い動機に支えられた、継続的な支援の実践である。僕は密かに、ずっと、このアワードの存在に励まされていた。いつか自分でもこういうのがやれたらいいなあと思っていた。みんなやったらいいのに、と思っている。もうひとりの審査員である金澤さんの、溌剌としたJOYな姿勢にも刺激を受けた。運営の近藤さんや江坂さんの事前準備や当日の進行もそうなのだが、関わる人それぞれから、アーティストへのリスペクトをその都度感じることができて、審査中ずっと晴れやかだった。審査会場である「喫茶ランドリー」の雰囲気も一役買っていたように思う(審査中にランドリー利用の人がふらっと訪れる)。

コロナ禍にあってとりわけ国外への移動が著しく制限された数年間を過ごした僕たちの身体は、思った以上に硬くなっていて、応募書類を読んでいると、関節の可動領域が狭まっているなという印象をもった。前回までの応募内容を知らないので当て推量であるが、以前であればもう一回り大きな風呂敷を広げたのではないか、というプランが散見された。これは誰が悪いという話ではなく、リハビリやストレッチの時間がしばらく必要なのだろう。僕が20代のころ(コロナ以前)はLCCなどが続々と現れ、例えば韓国や台湾は往復1万円だってザラにあった。いま、円安や燃料費・人件費等の高騰で、かつての1.5倍から2倍くらいの費用がかかる。「21世紀最初の20年」がむしろ異常だったのだ、という向きもあるだろうが、この条件差は、記録として書いておきたい。なお「トラベルアワード」は今回から助成金を増額している!加えて、年齢制限の上限も撤廃された!!これも本当に素晴らしいと思う(結果的に僕はこれまでの審査経験では見ることができなかった中堅以上のアーティストの文章をたくさん読むことができた)。

そういうわけで、何から何まで最高なこのプログラムで審査をするにあたっては、「支援」の在り方が、アーティストの可能性を狭める(形式を規定する)ようなものであってはならないんや、という気持ちを強くした。移動と滞在が「リサーチ」に、出会う人々が「インフォーマント」(欲しいデータの提供者)に置換可能なシステムを構築して、アーティストを追い込んでいくようなことは避けなければならない(「何の成果も!!得られませんでした!!」)。というか、そもそも「強い」アートシステムは「移動」を旨とするグローバリゼーション体制を前提としているわけで、それに乗らないぞという気概のある者たちが多数応募しなかった、という可能性を持っておきたい(自由貿易反対派だっているだろう、いてほしい)。それに、コロナのはるか前から移動の制限下にある人たちがおり、「移動の自由」を謳歌することができない人が多くいる社会に生きていることを忘れて、自分たちの移動の自由をあれこれ言っても詮無いのである。日本の入管(出入国在留管理庁)の非人道的な体制に対してずっと闘い続けている人たちがたくさんいる。「移動の自由」の行使としての「座り込み」がある。

先ほど、応募プランがややこじんまりしていたと言うようなことを書いた。一方で、読んでハッとさせられる応募文もあった。目頭が熱くなるものもあった。旅の理由とするには安直かつ短絡的であっても、それがむしろアーティストの偽らざる気持ちの表明になっていて、「行かねばならない」という強い確信を見てとることができた。落としておいてこんなことを言うのもあれなのですが、実現してほしいと心から願っている。

©糟谷恭子

©糟谷恭子


個別の審査結果について述べる。本年度のアワードは糟谷恭子に授与されることになった。フランスに拠点を置く糟谷の「旅先」は、サウジアラビアのジッダである。複数の女性たちにインタビューを行い、それらを元にフィクションを交えながら映像を制作する。複数のモニタ/プロジェクターを使用し、インスタレーション形式で発表する。パリでの個人的な出会いに端を発してサウジアラビアの女性たちをもっと知りたいと思うに至る経路も、国際的女性作家集団「The Crown Letter Project」の一員としてコロナ禍においてオンラインで闊達な議論を交わしてきたことも、そのいずれもが「骨太のストレート」であった。糟谷はこのプロジェクトを「40代を迎え、色々な局面を通り抜けていた自分が全うすべきミッションであるとも感じている」とさえ書いている。プランの喚起力やダイナミズムは言うまでもないが、糟谷のこのストレートさを、こちらもストレートに応援することが今回のアワードの態度としてもっとも相応しいと考えた。「舞台」にあがった上で闘う姿勢を高く評価したい。映像内での女性やサウジアラビアの表象がどのように開かれていくのか、注目している。

©井上亜美

©井上亜美


次点となったのは井上亜美である。これまでも自ら狩猟を行いながら説得力のある作品を発表してきたアーティストだが、今回のプランは自ら、一段難易度を上げていた。こうやって制作の深度や目標の具体化を可視化できるのは井上の強みだろう。プランは、「アイヌ犬」を自分の犬として迎え入れ、訓練をし、実際の猟に使用しながら、その姿かたちを作品として残すことである。最終的にどのような作品形態になるのかは旅次第だろうと書いていた。一般に知られるアイヌ犬の姿ではなく(調べると白戸家の「お父さん犬」もアイヌ犬らしい)、ともに生を営む実感に基づいて、アイヌ犬の「猟欲(狩猟に対する欲のこと)」を表現することへの挑戦は高く評価したい。そうした挑戦が「自分にしかできないことだ」という手応えを書いていたこともまた、鮮烈であった。

ふたりに共通するのはその潔さにある。常に言われることではあるが、審査員が変われば受賞者も変わりうる。審査員の眼など絶対的な指標にはなり得ないが、この「潔さ」ー「移動先」に必然性を置くだけでなく「他ならぬ自分が行くのだ」ということに自覚的であったかを今回の僕の選考基準としてあげておきたい。逆説的に響くかもしれないが、そうした自覚によって、自分自身から離れていくことが可能になるのだろう。 他にも言及したいアーティストがたくさんいる。いずれも技術的に高い水準にあり、どのプランが選ばれてもおかしくなかった。審査は本当に難航した。ここでは、特筆すべきアーティストの「態度」を中心に書く。手放したくないものと変わっていかなければならないことのせめぎ合いにあって、自身の有用性を提示するよう際限なく求められる社会にあって、日々の労働の疲れと焦りのなかで、そうした事柄とは別に、「自分の理由」「自分の基準」を持てていること自体が、とてもすごいことだと心から思う。

©神祥子

©神祥子


神祥子は、写真黎明期の技術者ニエプスの撮影した建造物が毎年夏季のみに公開されているのに合わせ、渡航を計画している。ニエプスが見たであろう光景を自分の目で確かめに行くことは、決して「引用」のためではなく、その後の制作の「ひとつの尺度」を得るためである。待つこと、時間がかかることを覚悟し、受け入れて、その過程の時間全部を味わおうとする気高いプランであった。

©小宮太郎

©小宮太郎


小宮太郎は、祖父の墓参りの際に、墓石の中に祖父の骨が入っていなことを告げられたことを契機に、祖父の眠るミャンマーへの渡航を「決意」した。太平洋戦争期から現在に至るまでの様々な社会状況、虐げられている人々についても小宮は思いを巡らせているが、ミャンマーに行ってどのようなことが可能になるのかはまだわかっていないことが率直に記されていた。ただ、見たことを作品にするのではなく、「見ようとするために作品をつくりたい」という姿勢に、その混乱込みで、好感を持った。

©長倉友紀子

©長倉友紀子


長倉友紀子は、日本において母性保護運動を率いた山田わかと、彼女に影響を与えたエレン・ケイをめぐる学際的調査を通じて、男性中心の体制のなかで、国家や家族に利用されてきた「母性」の新たな可能性を提示する映像作品を制作する。精緻な調査はそれ自体大変重要なものになるはずであるが、長倉はそこで終わらせず、「母性の可能性の提示」にまで踏み込み、作品へと結晶化することを試みている。

©坂井存+TIAR

©坂井存+TIAR


年齢の上限の撤廃について先に触れたが、坂井存+TIARの応募は大変意欲的であり、力強いものであった。戦前のシュルレアリスムグループ「絵画」のメンバーであり、フィリピンで戦没した叔父・武内秀太郎の足跡をたどることと、パフォーマンスが重ね合わされている。自分の仕事が「100年前、200年前の名もなき民衆の抵抗の姿勢に連なるものだ」という確信に敬意を払いたい。

©宇治田麻子

©宇治田麻子


宇治田麻子がとりわけ自覚的であったが、日本の植民地統治や加害から目を逸らさないことを前提としたプランもいくつか見られた。いずれも大変興味深く、作品を実見する機会を心待ちにしている。逆に、読んでいて不安になるプランもあった。リサーチ時の「眼差し gaze」の非対称性に自覚的であることは、結論において提示されるものではなく、前提であろう。

その他にも、船川翔司守屋友樹寺田衣里鈴木のぞみ村上美樹小笠原周村岡佑樹菊谷達史にも強く惹かれた。なお、事前の確認で総評への掲載を望まない応募者もいるため、ここに名前を載せていないアーティストが複数名いることを付け加えておきたい。

©船川翔司

©船川翔司

©守屋友樹

©守屋友樹

©寺田衣里

©寺田衣里

©鈴木のぞみ

©鈴木のぞみ

©村上美樹

©村上美樹

©小笠原周

©小笠原周

©村岡佑樹

©村岡佑樹

©菊谷達史

©菊谷達史

最後になるが、ひとりひとりの旅が、それぞれにとって思いもよらなかった「外部との通路」を作る旅になることを祈っている。有意義でもなんでもない、無為な、全くどうにもならない時間やトラブルも含めて、大切な時間になることを祈っている。よかったら、会った時にでも(メールでも)、話を聞かせてください。



総評 – 金澤韻(かなざわこだま)/ キュレーター

“Move around. Go travelling. Live abroad for a while. Never stop travelling”
審査をしながらこの「旅を続けなさい」というスーザン・ソンタグの言葉を思い出していた。『良心の領界』序文にあるこの言葉は、すぐに凝り固まってしまう私たち人間が、“良心の領界”を守るためにできることとして挙げられたレシピの一つだ。この世界でよりよく/よりまっとうに生きるという目的のもとに、この箴言が、人生を通して制作し続ける芸術家の態度と重なりあってくる。

コロナをめぐる艱難辛苦を経て、世界が次のフェーズに向かう中行われた今年のアワードには、前回の約1.5倍となる応募があった。高いレベルのプランが多数寄せられ、審査はものの見事に難航した。私が大切にしたことは前回と変わらない。創造する勇気と、コンフォートゾーンを出て、自分自身を更新していこうとする意志である。しかし複数の、どれも捨てがたいプランがあり、最終的には、どれくらい応募プランがこのアワードの趣旨に沿っているかという点で議論が進められることになった。

©糟谷恭子

©糟谷恭子

アワードを受賞した糟谷恭子は、パリで知り合ったサウジアラビア人女性が思った以上に社会的活躍をしていることに驚き、彼女自身の中にあった思い込みに気付いてサウジアラビアへの旅を計画した。目的地ジッダはイスラム教の聖地メッカに隣接する都市で、文化的にも経済的にも栄え、また多様な出自を持つ人々が住んでいるという。そこで様々なバックグラウンドをもつ女性たちにインタビューし、フィクションとノンフィクションが混ざり合った映像作品を制作する。この作品プランを構想した背景には、糟谷自身が2020年から国際的女性作家集団The Crown Letter Projectの中心的メンバーの一人として、世界各地の女性の状況について知見を広めてきたという経験がある。パーソナルな関係から出発しながら、<女性>という視点を梃子に、出身地日本と在住地フランスの二項対立を脱却し、ユニバーサルな作品作りへと跳躍する彼女の意気込みを応援したい。そして純粋に、過去作でも確かな実力を見せた糟谷のまなざしを通して描き出される映像が楽しみだ。すでに日本、フランス、サウジアラビアでの具体的な展示計画を走らせていることも高く評価したい。

©井上亜美

©井上亜美

最後まで糟谷と競ったのが井上亜美である。祖父から狩猟を学び、動物や生き物の命を鮮やかにとらえてきた井上が、オオカミ、犬——特に狩猟に使われてきたアイヌ犬——のリサーチを行い、「猟欲」を表現する、という、知的で意欲的なプランだった。前回の養蜂のプランも印象に残っていて、若い表現者が翼を広げていくその展開をまさに目の当たりにした思いだ。彼女の今後の活動に否が応でも期待せずにいられない。

©坂井存+TIAR

©坂井存+TIAR

次に印象に残った作家に触れていく。まず坂井存+TIARについて。《重い荷物》と名付けた大きなゴムの造形を背負ってさまざまな場所を歩いてきた坂井存が、協力者のTIARと、フィリピンで戦没した叔父であり画家であった武内秀太郎の足跡をたどりながらパフォーマンスを行うプランであった。芸術家が戦争に際して抱いた個人的な感興を追うという制作意図は、まさに今、みなが知りたいことだと思う。表現者として、人としての強いミッションに心を揺さぶられた。

©宇治田麻子

©宇治田麻子

宇治田麻子は、応募資料の断片的な映像からも十分実力が伝わってきた作家だった。フェミニストナラティブやマジックリアリズムを通じて映像作品を制作してきたという彼女が、台湾の植物園に関する取材を通して、日本の植民地支配の歴史をふまえつつも、単一な物語ではなく、多くの人々に受け止められるものを企図していることが感じられた。

©平野薫

©平野薫

古着に残る気配を、古着の解体によって作品として表現してきた平野薫は、母方の故郷、福島への旅を通して近代産業の中に生き、時のまにまに消えていった人々とその出来事を描き出そうとしている。企画書の段階ですでに完璧な構想であり、作品の実現がすぐそこに見えているように思えた。

©鈴木のぞみ

©鈴木のぞみ

鈴木のぞみは、『土星の環』を下敷きに、記憶・記録・光景の断片を探し出し作品にするドイツへの旅を構想した。これまでの彼女の活動を踏まえると、まさに必然的な制作のための旅になることが予想された。近い将来の展開を心から期待している。

©白木麻子

©白木麻子

韓国MMCAでのレジデンスへ赴く白木麻子は、そのパートナーと家族、親族、韓国と日本の社会・歴史に対する深い思索を、自身の身近な問題意識に重ね、作品として昇華させようとしていた。彼女の、家具と彫刻の間を思わせる、緊密な構造を持った作品がどのような応答を見せるのか注視したい。

©大野由美子

©大野由美子

ユートピア、ユートピア建築と強い関係性を持つ社会主義国の建築を研究してきた大野由美子は、ブエノスアイレスでのリサーチ構想を練っている。陶芸を用いてリサーチ結果を表現してきた彼女の力量を改めて認識するとともに、今後の展開に期待したい。

©石川洋樹

©石川洋樹

あるフィリピン人技能実習生との交流から作品を制作し、その続編ともいえる作品を作るために彼をフィリピンに訪ねる石川洋樹の計画は、そのストーリーに引き込まれると同時に、彫刻を学んだバックグラウンドが映像作品の中にも生かされていると感じられ、その作品制作に対する果敢さが心に響いた。

©神祥子

©神祥子

絵画を制作しながら、「見ること」について問い直す神祥子の、現存最古のカメラオブスクラが撮影された場所への旅は、私自身にも、磨耗したイメージへの感性がふたたび研ぎ澄まされるような感覚をもたらした。

©長倉友紀子

©長倉友紀子

女性活動家のエレン・ケイのリサーチを通じて、母性について考察しようとする長倉友紀子の計画は胸に迫るものがあった。長倉の作品としてこの調査結果を見ることができる日が来るのを心待ちにしている。

©寺田衣里

©寺田衣里

©太田恵以

©太田恵以


寺田衣里は、イサム・ノグチの、政治的理由から実現しなかった作品をリサーチするため、札幌モエレ沼公園に赴く計画を描いた。面白い視点だし、また過去作で見たアウトプットも独特で、展開が楽しみである。

ベルリンのダンサーとの交流・コラボレーションを通して、彫刻的作品における身体性と都市空間の比較研究を行う太田恵以のプランは、身体、そしてベルリン/京都、二都市の連携が並置され、その跳ぶような想像力が魅力的だった。

他にも、船川翔司大槻唯我横瀬健斗夏池風冴福田由美エリカ村上美樹大根マリネ舒達の作品構想に興味を惹かれた。また、スズキエイミ、中村岳をはじめ、本アワードの趣旨とは別にその活動そのものに魅力を感じた作家たちも少なからずいて、将来何かの機会で協働できないかと思いをめぐらせた。

©船川翔司

©船川翔司

©大槻唯我

©大槻唯我

©横瀬健斗

©横瀬健斗

©夏池風冴

©夏池風冴

©福田由美エリカ

©福田由美エリカ

©村上美樹

©村上美樹

©大根マリネ

©大根マリネ

©舒達

©舒達

今回も、ひとつひとつのプランをとても興味深く読ませていただいた。前回の講評に書いたことを繰り返してしまうが、一般的にいって数ヶ月から数年に渡るであろう制作プロセスの、初期段階で応募のタイミングを迎えたものは、残念ながら賞の候補にはなりにくかっただろうと推測する。この講評でも触れられることのない作品プランは多いが、大切に育てていってほしいと祈るような気持ちでいる。一方で、気になったことにも触れたい。この賞はまだ実現していない旅を通じて作品を構想するもので、プランのかなりの部分が想像になるのは宿命だ。ただその想像が、確かに(作家にとって、また審査員や未来の鑑賞者にとって)新しい創造の可能性を感じさせるものになるか、あるいは、作家のひとりよがりな欲望を思わせるものになるかで明暗が分かれた面はある。旅先の人や物を単に作品の素材として利用するだけのプラン、少なくともそのように見えるプランに私は警戒感を持った。ダークサイドに陥らないためには、知らないものに出会って自分が変わっていくのだという覚悟が必要ではないだろうか。

Allotmentトラベルアワードでは連続2回審査員を務めて交代することになっていて、私は今回が2回目だ。2020年の審査に関わってからのち、受賞者やアーカイブ作家のほか、複数の気になっていた応募者の活動を目にするたびに嬉しい気持ちになった。自分という殻の閉塞感を打ち破ろうとする小さな闘いの、その価値を認め合うゆるやかなコミュニティが、第8回目を迎えた本アワードの周囲にぼんやりと浮かび上がってきているのを感じる。このコミュニティに一時期関わらせていただいたことを、私は一生の宝物のように思うだろう。そしてまた、別の形でこのコミュニティに貢献していけたらと思っている。


2023 Travel Award データ

応募者総数:95名 /国内外より 
審査 : 2023年4月15日(土)東京両国の喫茶ランドリーにて、審査員の長谷川新 (はせがわあらた)、金澤韻 (かなざわこだま)により厳密な審査をおこなった。
受賞者 : 糟谷恭子/フランス・パリ在住 (助成金:25万円)


2023年度トラベルアワード募集要項

トラベルアワードの目的は、若手美術作家が活動していく中で日常生活と作家活動の両立に伴う様々な問題、または作品を継続して制作していく中での閉塞感といった問題に直面する作家に対して、新たな行動の機会を与え、前進する制作の手助けをすることです。制作旅行とは、作家が新たな作品制作をするために直接的または間接的に興味の有る場所を訪れて滞在し、その土地特有の地理的条件や歴史的背景などから自己の作品制作に必要なソースを抽出することです。

国内の制作旅行を主に、またはアジア圏やアメリカ、ヨーロッパなど、トラベルアワードを使って新たな作品制作に挑む若手作家を下記の内容で募集します。

2023年度トラベルアワード募集要項

応募期間

受付開始:2023年 1月16日(月)
締め切り:2023年 4月2日(日)

対象/応募資格

25歳から上限なし(本年度より年齢の上限はありません。また積極的な作家活動をしている人を対象としているので学生は不可とします)

助成金額

25万円 一名

助成金の使途

受賞後1年以内に制作旅行および作品制作に使用すること。より活発な制作活動をするために自己資金をプラスしてもよい。(制作旅行から帰って6ヶ月以内にリサーチレポートまたは作品を提示する)

受賞者発表

2023年4月30日(日)までにメールで本人に通知します。
また後日5月6日(土)にHPで公式に発表します。

選考審査員

長谷川新 (はせがわあらた) |キュレーター
金澤韻(かなざわこだま)|キュレーター


申し込み方法

トラベルアワードの応募から受賞者発表までの流れは以下のとおりです。

受付開始

2023年1月16日(月)

申し込み方法

申し込みフォーム1,2をダウンロードして 1. 略歴 2. 制作旅行援助金を使って行きたい場所とその理由に必要事項を記入し 3. 作品画像5枚と一緒にひとつのフォルダに入れて圧縮(Zip)して下記アロットメント事務局のメールアドレス迄送信ください。
info@allotment.jp

提出書類

  1. 略歴 (PDF申し込みフォーム1 ダウンロード)
  2. 制作旅行援助金をつかって行きたい場所とその理由 添付2枚以内 (PDF申し込みフォーム2 ダウンロード)、目的地、何故そこに行きたいか、そこへ行って何をしたいか、どんな作品を作ってみたいか、など審査員に分かりやすくまとめて書いてください。
  3. 作品画像 / 映像
    • 作品画像5枚まで添付(最大画像サイズ 各1.2MBまで)
      作品の全体像、またはディテール、インスタレーションの様子など。申し込みフォーム2の下、作品画像詳細1, 2, 3, 4, 5を記入。
    • 映像/ビデオ作家に限り必要であれば、映像を5分以内(MP4, MOVに変換/最大ファイルサイズ80MBまで)にまとめて、WeTransferにて、下記の要領でお送りください。
      WeTransfer https://wetransfer.com/
      送り先は、宛先: info@allotment.jp 氏名: アロットメント事務局
      また、ファイルを送る時はMessage欄にご自分の氏名をご記入ください。(注: ビデオファイルは返却できませんのでご了承ください。また、無断での画像の使用などは有りませんのでご安心ください。)

受付締切り

2023年4月2日(日)

受賞者発表

2023年4月30日(日)までにメールで本人に通知します。
また後日5月6日(土)にHPで公式に発表します。


2023 Travel Award 審査員

ALLOTMENTトラベルアワードの審査は、原則2名で行います。審査員は、任期を2年とし、毎回新しい審査員が関わる形としています。また、審査員は、任期を終える時に、次の審査員を推薦していただきます。ALLOTMENTトラベルアワードは、応募していただくアーティストに対して、多様な評価を与えられるようなシステムによって継続的に運営していきます。8回目となる2023年は、下記の2名が審査いたします。

長谷川新 (はせがわあらた)

キュレーター
arata_hasegawa

1988年生まれ。インディペンデントキュレーター。京都大学総合人間学部卒業、専攻は文化人類学。主な企画に「無人島にて―「80年代」の彫刻 / 立体 / インスタレーション」(京都、2014)、「パレ・ド・キョート/現実のたてる音」(京都、2015)、「クロニクル、クロニクル!」(大阪、2016-17)、「不純物と免疫」(東京、沖縄、バンコク、2017-18)、「STAYTUNE/D」(富山、2019)、「グランリバース」(メキシコシティ、2019-)、「αM Project 2020-2021 約束の凝集」(東京、2020-21)、「熟睡、札幌編 / 東京編」(札幌、東京、2021-22)、「Gert Robijns: RESET MOBILE- Crash Landing on Akita」(秋田、2022)など。国立民族学博物館共同研究員。相談所SNZをゆっくりやっています。

robarting.com

金澤韻 (かなざわこだま)

キュレーター
kodama_kanazawa

東京芸術大学大学院美術研究科、英国ロイヤル・カレッジ・オブ・アート現代美術キュレーティングコース修了。熊本市現代美術館など公立美術館での12年の勤務を経て、2013年よりインディペンデント・キュレーターとして活動。近年の主な展覧会に「インター+プレイ」、「AKI INOMATA:シグニフィカント・アザネス」、「ウソから出た、まこと」、「毛利悠子:ただし抵抗はあるものとする」、「ラファエル・ローゼンダール:ジェネロシティ 寛容さの美学」(十和田市現代美術館、青森、2018~2022)、ヨコハマ・パラトリエンナーレ2020(横浜)、杭州繊維芸術三年展(浙江美術館ほか、杭州、2019)、「Enfance」(パレ・ド・トーキョー、パリ、2018)、など。

kodamakanazawa.com


2023年後援者 White Rainbow Limited UK
他 個人1名

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